階段と手すり

オカルト寄りの砂場にも行きません。

真っ黒な街に行く夢の話

以前に見た夢の話です。

※個人の体験です。

 

 

 

 私がよく夢を見る方なのかは分からないのだけれど、身内に聞いてみたところほぼ毎日見ると言っていた。それと似た傾向があるのか、私も一週間で数個の夢を見たと覚えていることが多い。はっきり思い出せないものを含めれば、見ていない日の方が少ないかもしれない。そのくらいのペースで夢を見る。

 そうした体質的による恩恵か、浅い眠りで明晰夢に近い夢や金縛り(つまり、入眠時幻覚)を体験してきている。

 こうした夢にまつわる話だと、ときどき「共通のどこかに行く」という話がある。

 オカルト話で似たようなものだと、インターネット発祥の「猿夢」が有名なところだろうか。同じ状況の夢を繰り返し見るたび、その状況が再開され、続いているというものだ。

 私も、そうした夢である場所に何度か訪れたことがある。

 

 

1日目

 その夢を見たのは、数年前だった。

 特に疲れたわけでもなく、なかなか眠れそうにない気配もなく、ただ普段通りに眠った。

 その日に見た夢は、私が生まれ育った場所(そういった場所があるのか、私が本当に生まれ育ったのかはともかく…)が舞台の夢だった。

 真っ暗な空をしている地元で、私は高校生くらいのようだった。そして、家からも比較的近い店でアルバイトをしているようだった。

 このとき、夢の不思議なものとして、私は地元で家に近い店でアルバイトをしていると何となく理解していた。その店は、家の近くにある本屋(文房具屋の方がふさわしいかもしれない)だった。その、二階あたりで掃除や片づけをしていた。

 実際の店舗は詳しくは知らないけれど、現実のテンポは確か一階が本屋となっており、二階より上は別の店があった。けれども、夢では二階は本屋の倉庫か何からしかった。私は店員らしいエプロンをつけて、別のアルバイトの相手(同い年位の見た目をしている同級生。起きると、具体的に同級生の誰だったか忘れてしまった)といた。

 真っ暗な空をして、真っ暗な地元で、私たちアルバイトが作業をしている建物も小さな明かりがあるだけで、明かりの届かない部屋の隅は真っ暗だった。

 なぜ真っ暗なのかは知らない。夜なのか、常にその夢の世界は暗いのか。天候のせいか。でも、夜みたいに真っ暗でも構わずにお客さんは店に来るようで、私たちも「普通」の時間帯にアルバイトをしていると思ったから、現実で昼間とされる時間であっても夜のように暗い世界だと思う。

 その夢の特徴は、とにかく暗いことだ。世界で一番真っ黒な塗料を思い出すくらいに。光が飲み込まれているみたいで、その暗闇に入ってしまいたくないと本能的に感じていた。

「ここやばいよ、大丈夫?」

 アルバイトを一緒にしていた子が言った。子というのはあまりふさわしくないと思うのだけれど、確か同じ学校に通う同級生だったので、夢の中の私とそのアルバイトはかなり長い時間一緒に作業をしていて、近い距離感の相手だと夢では感じていた。

「うーん、でも、今すぐ帰るわけにはいかないし」

 私もこの空間の真っ暗な部分がどうにも嫌だった。店の人もこの真っ暗な部分をどうにかしたくて、アルバイトをわざわざ雇って掃除や整頓をしているというのは分かっているのに。

「まあ、もうすぐ辞めるからね……でも、もう無理かも。どうしよう、もう辞めたいかも」

「そう言われると、何か変だよね。ここ……一人でここに残るくらいなら、私も一緒に辞めようかな」

 学校を卒業するまでのアルバイトだったから、私たちの話には一切責任感もなかった。ひそひそと話をする私たちに気がついたのか、近くで仕事をしていた店の人は困ったみたいに笑いながら近づいてきた。

「仕方がないよね、店のこの部屋はなぜか暗いから。今日は仕事もなくて、アルバイトの子は暇なだけになりそうだから、帰っていいよ。気をつけてね」

 店員さんに言われたので、私たちはすぐに作業をやめて、着替えるために更衣室に向かった。それだけ、アルバイトの仕事はなかったのだ。

 店の外に出てアルバイトの子と別れると、身内が迎えにきてくれた。この身内は実際にいる身内に似ていたが、現実にはいない身内(現実に弟がいるとすると、なぜか年上の兄として出てきたイメージ)だった。

 迎えに来てくれた車に乗ると、家に向かってくれた。

「お疲れさま」

「いや、迎えにきてくれてありがとう」

 そうしたことを話していると、私のしているアルバイトの話になった。

「アルバイトの子が、あの仲もよくて話す人なんだけど、辞めるかもって言ってた。どうしよう? 一人でこのままバイトをするのはいやだけど、また別の仕事を探すのもって気がして。卒業すれば辞めるし、それまでの間くらい続けた方がいいかな」

「ああ、あそこね。やめた方がいいよ。やめてもいいなら、その方がいい」

「何が? 何かあったの?」

 やけに断定的にアルバイトを辞めるようにすすめてくる身内が気になって尋ねてみた。いたって無邪気というか、悪気もなく言うものだから、私も気軽に聞いていた。

「あそこはよくないことがあった。もうずっと昔だけれど。よくないんだ、あの土地は」

 すると、後ろの方から消防車のサイレンが聞こえてきた。

 振り返って後部座席から車で走ってきた道路を見る。地元の小さな店と住宅街が連なった街に、私のバイト先の店がある建物が見える。地元の中ではそこそこ大きな建物で、遠くからでもよく見える。

 そこから、真っ暗な空をして、真夜中のような色合いをした街でもはっきりと分かるほどの黒い煙が立ち上っているのが見えた。そのとき、真っ暗な街でも空には月みたいなものがきれいに光っていることに気がついた。

 何か、悪いことがさっき私がいた店で起こっている。それだけが分かった。

 明日はもう行かない。アルバイトは今日限りで辞めよう。あの店もとうぶんは営業できないだろうけれど、普通に「アルバイトに来ないのはなぜだ?」と連絡が来そうで、明日の朝はすぐに連絡を入れて辞めようと思った。

 車を運転している身内も、やはりあそこは何かが起こるんだと言いたげに頷いていた。

「ね、あそこはなぜかよくないんだ。昔もあったらしい」

「本当? もうバイトは行かないようにする。でも、変なの。昔からよく行った店なのに、知らなかった」

 そのまま車に乗っている間に、目が覚めた。特別怖くもなかったが、やけに暗くて、真夜中にも見えるような中でも構わずに、私を含めた人たちが夢の街ではまるで昼間のように生活をしていたのが不思議だった。

 

 

2日目

 夢で真っ黒な街に行った次の日に眠ると、同じ街にいる夢を見た。

 真っ黒な街は、やはり私が生まれ育った場所によく似た街だった。

 真っ黒な街に対して何の違和感もなく、夢の中で私はスーパーへと買い出しに来ていた。身内によく似た顔の、現実にはいない人と。あと、親がいただろうか。

 スーパーの中はやけに古ぼけていて、というよりかはどこか年季が入っていて、何だか懐かしく感じる場所だった。床がくすんでいるとか、天井の照明があまり明るくないとか、商品を並べる棚の角が丸まっている、そういった時間が長く経ったことによる色合いが出ていた。

 真っ黒な街のせいか、商品も陰影だけが白黒でついていた。けれども、特に違和感もなかった。(ちなみに、私が見る夢はたいてい色がついている。)買い出しに来ているのは夕方から夜にかけての時間だったけれど、常に街が真っ暗なこと、それでも、夜という感覚があることもまったく不思議に思わなかった。

 私たちはいつも通り買い出しを終えて、車に乗り込んだ。

 帰り道に、私は何だかおかしい気がした。

「何か忘れてない?」

 車を運転し始めた身内に尋ねてみる。

「えっ? でも、だいたいいるものは買ったでしょ。それに、足りなかったらまた買いにいけばいいし」

「そういうのじゃなくて……ここに来ることが、何だったかな。変な気がする」

「まあ、確かにね。ここはもうなくなるし。ずいぶん前になくなったのかな」

 車を運転する身内があっけらかんと言ってみせるせいで、私もそうだったなとすんなりと理解していた。

 あの店はもうどこにもないのだ。しばらく前に潰れてしまったじゃないか。

 さっき行った店はどこだったのかな。

 ここは夢の世界なのか。

 ぼんやりと考えていると、救急車が反対車線を走っていく。スーパーの方向だなと思った。後ろの方は見なかった。

 

 

3日目

 続けて見た夢で同じ場所に行くのは少しだけ珍しいなと思ったけれども、また同じ夢を見るとはまったく考えていなかった。そうした経験は今までになかったからだ。

 けれども、私は夢を見た。真っ黒な街にいる(おそらく住んでいる)夢を。

 私は夢の中で家にいた。生まれ育った家に。

 もう少しでどこかに行くからと、慌ただしく荷物を片付けたり、必要な物を買い出しに行っていた。

 今までの夢と同じようにやはり街は真っ暗で、違和感もなかった。

 昼頃に荷物を片付けては外に出かけているというのに、街がずっと真っ暗なことも。慣れてしまったのか、夢ではそれがおかしいと気がつけなかったのか、どちらかは分からなかった。月みたいな空にあるものと、人工的な明かりだけが明るかった。

 家の外で真っ暗な空を見上げていると、身内の誰かが来た。そこで何かを話した気がする。

「まだなのかなあ」

 私はつぶやいた。

「何が」

「えっと、明るくなるのが。朝とか、こなくなったの? もうずいぶんと暗いままだから、気分がすっきりしないよ」

「ここはこないよ。もう」

 ああ、そうだったなと私も思い出した。

 ここはもうずっと明るくならないのだ。この世界も、この街も。

 ずっと真っ暗なまま。朝とか、明るくなることがなくなったのだ。

 私は空をぼんやりと見上げたまま、暗いなと思っていた。

 気がついたのは何か間違いかもしれない。

 

 そこまで考えたところで、目が覚めた。

 真っ暗な街には夢で行ったのは、これが最後となっている。またいつか行くのだろうかと思うけれども、こうして連続で同じ町の夢を見ることは珍しい。

 あれほど真っ暗な世界はほとんど夢では見たことがないので、楽しかったけれど。また行ってみたらどうなっているのかが、少しだけ気になっている。

 私が生まれ育った街とよく似た真っ暗な場所は、夢と同じように真っ暗な世界で誰かが生活しているのだろうか。よく分からない不穏な真っ黒な影を日常にしながら。